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今回ご紹介するパワースポットは、徳川三代将軍家光や綱吉の母桂昌院から信仰が深かったと言われる『市ヶ谷亀岡八幡宮』です。

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パワースポット市ヶ谷亀岡八幡宮とは

  • パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_001

沿革・由緒

亀岡八幡宮を勤請した道灌は、築城と歌の名人。

永享四年(1432年)、扇谷上杉【おおぎがやつうえすぎ】家の重臣の子として生まれ、幼名を鶴千代、元服して持資【もちすけ】、晩年入道してからの号が道灌です。
太田道灌はわずか二十五歳の若さで、関東平野の要【かねめ】として江戸城を築きます。河越(埼玉県)、岩槻(同)にも城をつくりますが、いずれも地形をたくみに利用した要害【ようがい】で、近代築城術に、なみなみならぬ手腕を示します。
道灌の戦法は出撃専門で、迎撃したことは一度もなく、したがって城下を侵されたこともありません。このため編み出したのが、農民用兵の新戦術。足軽や農兵をゲリラ的に駆使して、敵陣を切り崩して行くという、意表をついた機動作戦です。そのころ戦場で道灌が愛用した軍配団扇【うちわ】が、当社の宝物として残っています。
江戸の城下町は大いに栄え、現在の常盤橋付近には、毎日にぎやかな市が立ち、全国各地からさまざまな物資が集まってきました。
狩りの途中でにわか雨に会い、一軒のあばら屋でミノの借用を申し入れたところ、少女に無言のまま、山吹の小枝をさしだされましたが、その意味がわかりません。
あとになって、 『七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき』
の古歌にことよせ、ミノのないことを暗示したことを知り、一念発起して、歌の道に精進したという伝説は有名です。

茶の木稲荷社地内に、江戸城西方の守護として鶴岡八幡宮の分霊を勧請。

市谷亀岡八幡宮縁起道灌は文明十一年(1479年)に、市谷御門内に鶴岡八幡宮の分霊を、江戸城西方の守護神として勧請し、これを鶴に対して、亀岡八幡宮と称しました。のちになって、外濠が完成すると、さらに外郭の地、市谷の稲荷社地内に遷座【せんざ】。この稲荷神社が、現在の茶の木稲荷で、市谷には古くからあったものです。
鎌倉時代、この周辺は市買村と呼ばれ、豪族市谷氏が所領していたといわれています。その市買村の鎮守が、田の神をまつる稲荷神だったわけです。
江戸城と河越城を拠点に、太田道灌の名声が高まるにつれ、その実力に不安を抱いた主君の上杉定正は、道灌を相模国糟谷の館によびよせ、浴室で斬殺してしまいました。五十五歳の生涯でした。

三代将軍家光や桂昌院も厚い信仰。

この由緒ある亀岡八幡宮も、天正年間に戦火で破壊され、荒地と化してしまいました。慶長のころ、この荒廃に憤激した、別当源空少僧都【そうず】は自力で再建しましたが、むかしの規模にはくらべようもありません。 徳川家康が江戸城入城の折、当社の由来をたずね、その後、三代将軍家光から莫大な援助がありました。元禄十五年、将軍綱吉の母桂昌院が亀岡八幡宮の来歴を聞き、神輿【みこし】のたらないのを悲しまれて、黄金を寄進。これによって、三基の神輿が完成するとともに、社のにぎわいも、ますます盛大になって行きました。桂昌院は、たいへん信仰深い方だったのです。 同じ元禄年間に綱吉の側用人で、その権威並ぶ者なしといわれた柳沢吉保が、当社に参詣し、詩歌を献上しています。また、お参りのおり、境内に立ちならぶ露店の品々を、残らず買い上げ、露天商を感激さたという逸話もあります。

江戸市中のきって、祭礼の華やかさ。

市谷亀岡八幡宮縁起江戸時代、亀岡八幡宮の祭礼のにぎわいは、目覚ましく、山の手地区の伊達【だて】をつくしたといわれています。祭の参加者は、旗本に奉公するキリッとした若者や、いなせな町奴【まちやっこ】がほとんどで、それを見物する腰元や武家の娘たちがあで姿をきそい、それを見ようとして、江戸中のひとびとが集まり、たいへんなさわぎでした。そのころの市谷は江戸を代表する盛り場だったのです。
祭は八月十五日で、一年おきに開催されましたが、当日は不思議なほどよく晴れ渡ったといわれています。
境内には、茶屋、芝居小屋、相撲小屋、仲見世、露店が軒をつらねて並び、終日にぎわったのです。左どなりの茶の木稲荷への石段は女坂といって、ここにも茶屋が軒をきそっていましたが、その中に、江戸の侠客、幡随院長兵衛が見染めた茶屋女がいたといわれています。
石段の上には、江戸八所の一つである時の鐘があって、江戸ッ子に時刻を知らせていましたが、明治初年の神仏分離の際に、”神社内に、鐘撞堂【かねつきどう】あるべからず”の達しによって、これを撤去してしまいました。むかしは、七ツの時(午後四時)を合図に境内の諸門をいっせいに閉じたのです。

火災の後遺症も深く、ひっそり迎える明治時代。

亨保十年(1725年)、青山から出火した火事は、みるみる紅蓮【ぐれん】のつむじ風となって、赤坂、四谷、市谷となめつくし、その火勢に本社も類焼、楼門【ろうもん】から鐘楼【しょうろう】、本殿までことごとく灰になってしまったのです。
二年後の亨保十二年に、再建工事にとりかかりましたが、楼門が随身門【ずいしんもん】になり、鐘楼が平棟になるなど、元禄時代の盛大さに比べると、いささか淋しいたたずまいとなりました。
それでも人出が多かったのは、社前の大路が四谷への往来で、ひとびとが混雑するうえ、門前町として、商家が軒をならべていたからです。明治五年に、郷社となりましたが、仏殿や芝居小屋、茶屋などをとりこわし、そのあとに樹木を植えたために、江戸の喧燥【けんそう】がうそのように、すっかり静かになってしまいました。

五百年を越える歴史、多くの人に役立つ神社に。

昭和二十年五月二十五日、空襲によって全焼。このとき、高さ実に五丈(約十五メートル)、周囲一丈五尺(約五メートル)という神木(もと天然記念物)クスノキも焼け落ちてしまいました。昭和三十七年に、現社殿に再建。
1979(昭和五十四)には、亀岡八幡宮五百年祭を無事開催。1999年(平成一一)には、この市谷亀岡八幡宮公式サイト開設。2000年(平成一二)には新生崇敬会発足の予定です。
今後もますます、応神天皇の学問神、八幡太郎義家の弓矢の神、つまり、学問研究と商売的中の神威ますます盛んになりますよう勤めて行きます。

引用元: 市ヶ谷亀岡八幡宮ホームページより

ご祭神・御祭神

  • 誉田別命(ほんだわけのみこと)・・・第15代応神天皇
  • 気長足姫尊(おきながのたらしひめのみこと)・・・神功皇后、応神天皇の母君。
  • 與登比売神(よとひめのかみ)・・・応神天皇の姫神。

ご利益・ご神徳

国家安泰・平和成就など

パワースポットセラピストが教える市ヶ谷亀岡八幡宮はこんなところ

「江戸名所図会7巻」にも描かれており、太田道灌が所有していたと伝えられている軍配団扇が現存されている『市ヶ谷亀岡八幡宮』。がその図の通りまず急な石段が目に入ってきます。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_江戸名所図会7巻

写真(江戸名所図会7巻)はウェブサイトより

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_002

傾斜は見た目通りかなり急です。石段の途中には、「茶ノ木稲荷神社」「金刀比羅宮」が鎮座しています。

金刀比羅宮に至る途中にはユーモアがある狛犬がお出迎えしてくれます。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_狛犬_001
パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_狛犬_002

 

昇りきると正面に拝殿が見えてきます。境内はそれほど広くありませんが、社務所の近くには「出世稲荷神社」が鎮座しています。夕方訪れた時には灯りが燈りはじめて、神秘的な雰囲気を感じさせます。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮

そして何と言っても、ペットと一緒にお参りできる神社としても有名で、健康祈願などをしてくれる神社です。特にペットのお守りが充実しており、地方発送もしてくれるみたいです。また、ペットと一緒の初詣も予約制ですができるそうなので、予約状況も含め、詳細は「市ヶ谷亀岡八幡宮」のホームページをご覧ください。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮お守り_003

写真はウェブサイトより

パワースポット市ヶ谷亀岡八幡宮みどころ

茶ノ木稲荷神社

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_茶ノ木稲荷神社_001
パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_茶ノ木稲荷神社_002
パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_茶ノ木稲荷神社_003

石段の中段左に鎮座する茶ノ木稲荷神社。一千年余り前弘法大師が初めてご鎮祭申上げたのが当社であると伝えられています。

御祭神は稲荷大神、保食神(うけもちのかみ)。衣食住を始め、家内安全、農業、工業、商売繁盛、技芸上達、交通・旅行安全など幅広いご利益を頂くことができます。

また御祭神には、古来より病気平癒の特別の信仰があります。

昔稲荷大神の御神徒の白狐が居ましたが、ある時誤って茶の木で目をついてしまい、それ以来崇敬者は茶を忌み、正月の三が日は茶を呑まない習俗がありました。特に眼病が治るご利益があり、一七日、或は三七日二十一日の間茶をたって願えば霊験あらたかであり、その他様々な願いが成就したとのことです。

金刀比羅宮

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_金刀比羅宮

こちらも「茶ノ木稲荷神社」より上に位置し、拝殿に続く階段の途中にある「金刀比羅宮」

ご祭神は、大物主神(おおものぬしのかみ)、「崇徳天皇(すとくてんのう)」、「大黒天」。讃岐の金刀比羅宮の御分霊をお祀した神社。

市ヶ谷は四ツ谷まで続く水路の揚げ場として多くの船を行き来した場所であった。そのため海上守護の御神威が高く、航海の無事安全に感謝してここに奉祭したと言われています。

また、江戸時代に大黒天と集合していたようであり、金運アップのご利益も期待できます。

出世稲荷神社

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_出世稲荷大明神_001
パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_出世稲荷大明神_002
ご祭神は宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)。元々茶ノ木稲荷神社を主神として、多くの稲荷様が祀られており稲荷山と称されていたそうです。
武蔵国稲荷山大明神縁起という書には、この地の稲荷神社に崇敬が厚い、お侍がおり、そのお侍の枕元に「伏見の稲荷大神」が現われ、「これまで以上に奉り日参せよ」とお告げがあり、その夢のお告通りに自ら日参し出仕の日には家来を代参させたところ、とんとん拍子に出世し、大名までになったという実名入りの記載があり、その後も出世の大明神よと私財を投じて、ここに祀り、参拝を欠かさなかったとされています。
その縁起より出世の社号をもつ稲荷神社になったとされています。
また出世稲荷と言えば、他にも愛宕神社代々木八幡宮などが有名です。

ご神木

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮_ご神木

パワースポット市ヶ谷亀岡八幡宮のお守り・御守り/ご朱印・御朱印

市ヶ谷亀岡八幡宮のご朱印・御朱印

亀岡八幡宮と茶ノ木稲荷神社の御朱印を頂くことができます。初穂料は各300円です。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮御朱印_001
パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮御朱印_002

市ヶ谷亀岡八幡宮のお守り・御守り

運気を上げる天道お守り(初穂料:800円)と茶ノ木稲荷神社の肌守り(初穂料:500円)をご授与頂きました。

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮お守り_001

天道御守

パワースポット巡り_市ヶ谷亀岡八幡宮お守り_002

茶ノ木稲荷神社の肌守り

パワースポット市ヶ谷亀岡八幡宮まとめ

神社名市ヶ谷亀岡八幡宮(いちがやかめおかはちまんぐう)
所在地〒162-0844 東京都新宿区市谷八幡町15
電話番号03-3260-1868
交通アクセス・JR「市ヶ谷駅」より徒歩約3分
・東京メトロ有楽町線・南北線「市ヶ谷駅」より徒歩約3分
・都営新宿線「市ヶ谷駅」より徒歩約5分
ご祭神・御祭神誉田別命(ほんだわけのみこと)
気長足姫尊(おきながのたらしひめのみこと)
與登比売神(よとひめのかみ)
ご利益・ご神徳国家安泰・平和成就など
URL市ヶ谷亀岡八幡宮ホームページ
地図

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